友達
翌日、僕はリキヤ達の所へは行かなかった。
あんな奴らのことより、旅から帰ったら、どうしても会いたい奴がいたのだ。
旅の間つけていた日記や、写真なんかを鞄に入れて、昼過ぎに家を出た。
真夏の太陽が照りつける中、僕は、小さい頃から通いなれた住宅街の坂道を、自転車を漕いで登っていった。
汗だくになりながら、僕は、中学に入ってから、あいつとの間にあったことを思い出していた。
僕があいつに嫌なことをしても、あいつは僕を許してくれた。
僕があいつを裏切った時は、恨み言のひとつも言わなかった。
クラス中が僕をシカトしていた時も、あいつだけは、僕を気にかけていてくれた。
今思えば、僕の本当の友達は、最初からあいつだけだったんだ。
額から垂れた汗が、目に入ってしみた。もう少しで、丘の上のあいつの家だ。僕は、ラストスパートをかけて一気にペダルを漕いだ。
やっと丘の頂上についた。僕は息を整えると、いつものように、二階のあいつの部屋に向かって、声を掛けた。
「さーわーべーーん!」
すぐに、部屋の窓が開いた。真夏なのにまったく日焼けしてなくて、モヤシみたいに青白いあいつの顔がのぞいた。
「あ、リョウくん!」
「沢勉、勉強ばっかしてないで、少しは外で遊びない!体に悪いに!」
僕は、あえていつものように沢勉をからかった。
「うるせーら。リョウくん、今日は、どうしただ?」
沢勉は、そんな僕の甘えを受け入れてくれた。今まで僕らの間には、何事もなかったかのように返してくれたのだ。こいつは、本当にいい奴だ。
「沢勉!」
「なにい?」
僕は、大きく深呼吸して、
「今まで、ゴメンなー!」
かなりの大声で叫んだ後、僕は、二階の沢勉に向かって頭を下げた。
沢勉となら、こんなことしなくても、すぐに元の関係に戻れるような気はした。
でも、ここはきっちりしておかないと、と思ったのだ。
沢勉は、逆に面食らった様子で、
「ちょ、やめてやー。いいわーそんなの。近所迷惑だで、早く上がってきない」
まったく気にしていない様子で家に招き入れてくれた。
そうなのだ。
本当は、リキヤなんかより、沢勉の方がずっと度量が広い男なんだ。
僕は、玄関で乱暴に靴を脱ぎ捨て、リビングに向かって
「おばさん、こんちわ!」
と声を掛けてから、ダッシュで二階に駆け上がった。
ヤンキーグループからの制裁は、果たして解除されたのかどうか、昨日の様子だとまだ判断しかねるところだった。
だが、夏休みに沢勉の家で会うぐらいなら、クラスの連中にばれる恐れもない。沢勉が巻き添えになることはないだろう。
部屋に入ると、机の上には問題集が開かれていた。やっぱりこいつは、勉強していたのだ。
「沢勉、ほんと真面目だらあ」
「えー、まあねー。なりたいものがあるからね」
「え、何になりたいだ?」
小さい頃から一緒にいるけど、沢勉からこの手の話を聞くのは初めてだった。
「僕さ、弁護士になりたいだよ」
「弁護士?弁護士…って、あの裁判とかの?」
「そうだよ」
「へえ、すげえ。沢勉ならなれそうだけど。なんで弁護士になりたいだ?」
「うん…てゆうかさ、僕もリョウくんに謝らんといけんだよね」
「え、なんでえ?」
「リョウくん、ごめんな。リョウくんがクラスのみんなに無視されてるとき、僕も一緒になって無視しちゃったじゃん」
「え、もういいって。沢勉は、体が弱いから、ああするしか、仕方ないじゃんか」
「そうだよ。ケンカなんて絶対に出来やしない。ヤンキーの人らが怖いもんで、黙ってるしかなかっただよ。でも、そんなの僕だって悔しかっただに。好きで黙ってるわけじゃないだもん」
「沢勉…」
「もう、あんな惨めな思いしたくないだよ。友達が困ってるときに、助けられないなんて。友達を無視して、よく知らん乱暴な奴らの機嫌を伺わないといかんなんて。そんなかっこ悪いこと、もう、したくないだよ。だから…」
「だから…弁護士を目指すだ?」
「そうだよ。中学生のうちは、腕力がモノを言うで、あいつらの天下だら。だから、きっとまだまだ悔しい思いをするら。でも、大人になったら、頭で勝負すりゃあいいで。いっぱい勉強して、弁護士になって、自分の大事な人たちを、むかつく奴らから守れるようになりたいだよ」
「沢勉…」
悔しい思いをしているのは、僕だけじゃなかった。沢勉もまた、僕と同じように、唇をかみ締めて悔しい思いを我慢していたんだ。
ヤンキーグループにいる時は、ぼっけーの奴らの気持ちなんて、考えてもみなかった。
みんな、どいつもこいつも、ヤンキー達の暴力を恐れて、わが身大事さに黙っているだけで、何も感じていないように見えた。
でも、それは間違いだった。こんなモヤシっ子の沢勉ですら、ヤンキーのやることに憤りを感じていたのだ。あの時黙っていたクラスのぼっけー達の多くも、好きで黙っていたわけじゃないかも知れない。
僕は、沢勉がこんなことを思っていてくれたことを知って、もう二度と、コイツを裏切るようなことはすまいと心に誓った。