夏休みの研究
夏休みの間は、ほとんど毎日、沢勉の家に入り浸っては、旅の写真を見せたり、旅で出会った人々の話をした。
ついでに、夏休みの宿題の方も、沢勉がやったものを写させてもらったからバッチリだ。バレないように、丸写しはせず、ちゃんと適度に間違えてあるから問題ない。
残るは、夏休みの自由研究だけだった。
旅に出る前から、夏休みの研究は、ヒッチハイク一人旅のことを書こうと考えていた。
だから、旅の最中も、毎日旅日記をつけていた。
その旅日記と、日記を書く暇がなかったときに書いたメモ書きなんかをまとめて、出来るだけ丁寧に清書した。
沢勉にも、いろいろとアドバイスしてもらった。
「ここに貼るなら、こっちの写真のほうがいいら」
「えっ、こっちのほうが良くね?」
「関西とか、九州のことなんて、みんな良く知らんで、地図とかも書いたほうがいいに」
「あー、なるほど」
「この門司港レトロって何い?」
「え、ああ、知らん。なんかレトロな港だら」
「リョウくんの説明じゃ、よくわからんら。あ、パンフレットもらってきてるじゃん。これを糊付けして貼るか」
「沢勉、この日の日記は、写真もパンフレットもないだけん」
「じゃあ、なんか挿絵でも入れよう」
こんなふうに、ああでもない、こうでもないと言いながら、二人で旅日記を完成させた。
完成した日記を見て、僕は思わず、
「なんか、立派だら」
と、つぶやいていた。
「うん、思いのほか、いいものが出来たね」
「俺の旅が、こんなカッコいい感じでまとまるなんて」
「これ、けっこう面白いと思うよ。案外、金賞とか獲っちゃうんじゃない」
「いやー、さすがにそれはないらー」
そうこうしているうちに、夏休みが終わり、新学期が始まった。
僕は、夏休みの自由研究として、
「ヒッチハイク一人旅―静岡県~福岡県」
を提出した。
他の宿題も、沢勉のおかげで提出出来たし、これでひと安心だ。
生徒達が提出した夏休みの研究は、職員室前の廊下に展示された。
その横には、投票用紙と投票箱が備え付けられ、生徒達は、
「これイイじゃん」
と思った作品に投票出来るようになっている。
得票数と、先生方からの総合的な評価が加味されて、金賞、銀賞、銅賞が決定されるという仕組みだ。
ある日、沢勉と一緒に、ずらりと並べられた作品を見に行って、
「沢勉、俺、なんかゲンナリしてきたわ」
僕は、思わず弱音を吐いてしまった。
「自信持ちない」
「いや、だってさ、見てみぃ。他の奴らの自由研究。【太陽電池で走るミニカー】とか、【アルマジロの観察日記】とか、なんかすごそうなのばっかじゃん」
「大丈夫だって」
「沢勉のに至っては、【税金の仕組み】なんて、クソ難しそうなことやってるじゃん」
「でも、リョウくんのが一番、普通じゃないし、面白いと思うけんね」
「いやいや、俺さ、自信なくすどころか、心配になってきただよ」
「何でぇ」
「そもそもさ、俺がきちんと許可をとって旅に出たのは、夏休みの研究をするのが面倒くさいもんで、旅日記を出すことでお茶を濁したいと思ったからだに」
「うん、別にいいじゃん」
「こんなん 楽をしたいからっていうの、バレバレじゃん?逆に、先生方に怒られやせんかね?賞を獲るどころの話じゃないら。なんかお腹痛くなってきた」
そんなふうに、内心ヒヤヒヤしながら沢勉と話していると、職員室の扉がガラッと開いた。
「うぎょえあっ!」
僕は、今の話を聞かれたと思って、仰天してしまった。ついでに屁もこいてしまった。
職員室から出てきたのは、担任の松浦先生だった。
「田中、ちょっと職員室に来てくれるか」
「は…はい」
僕は、観念して職員室に入っていった。沢勉は、服役に向かう友人を見送るかのような表情で、心配そうに僕を見ていた。
職員室に入ると、4~5人の先生方が、一斉にこっちを見た。
どの顔も、怒っているのか、笑っているのか、判断しかねる不可解な表情をしていた。
松浦先生は、僕を自分の机の隣に座らせると、
「田中、あの旅日記に書かれていることは、本当か?」
と聞いてきた。僕は、
―来たっ!やっぱり怒られるんだ!
と思ったが、仕方なく正直に、
「ほ、本当です。すみませんでした」
と答えた。
先生は、少し大きなため息をしてから、
「そうだな。大変なことだ」
と言って、こう続けた。
「お前は、一学期に先生の許可をもらう時、静岡県内を徒歩で旅するって言ってたよな。東海道五十三次を巡るとか言って。だからこそ、先生は許可を出したのに、北九州まで行っちまったのか」
てっきり僕は、いいかげんな作品を出したことを怒られると思っていたのに、なんだか様子がおかしい。そう思いながらも、面倒くさいので、
「はい。すみません」
と、また謝った。
「しかも、ひとりで、ヒッチハイクで」
「はい。すみません」
周りにいた、ジャージ姿の男の体育教師が、突然、
「ハッハッハッハ!」
と笑い声をあげた。
僕が、ビクビクビクウッとして、また屁をこきそうになるのをギリギリでこらえ、
―うわああ!なんだよ。やめろやジャージ!
と思っていると、松浦先生は、
「大したもんだな。お前は」
と言って、僕の肩をバンバン叩き、
「夏休みの自由研究は、お前が金賞に決定しそうだから。いいな?」
と、告げた。
僕は、思っていた展開と違って、少々頭が混乱しながら、
「あー、はい」
と、アホのように答えて、職員室を出た。
職員室の外では、中でのやり取りを盗み聞きしていた沢勉が、親指を立ててウィンクしていた。僕は、
「キモイわ!」
と言って笑顔で沢勉の頭をはたき、小走りでトイレに向かった。