中学生が夏休みにヒッチハイクで一人旅に出た話

中学生がヒッチハイクで一人旅に出た話です。

夕焼けメリケンサッカー

「クソッタレ」

歩道橋の手すりに頬杖つきながら、つぶやいた。

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変顔して人をおちょくる奴らのように、歪んだ夕日がこっちを見ている。

 

「なんだこのボケ。こっち見てんじゃねえ」

 

本当は、うっぷん晴らしに怒鳴り散らしたかったところだが、ここは通学路の途中だ。

 

僕の後ろを、下校途中の中学生達が次々に通り過ぎていく。

 

ここで叫んだら、明日から余計に学校に行きづらくなる。

 

だから、手加減してつぶやきにしてやった。

 

言葉は精一杯パンクなモノをチョイスしたつもりだけど、青春ドラマのようにはいかない。

 

僕の人生は、いつもどこか、こんな風にダサくて、キマらない。

 

目をショボショボさせながら、夕日を睨み返していると、誰かが声をかけてきた。

 

「あの…、ショウくんさあ…」

 

振り返ると、眼鏡を掛けた、栄養が足りてなさそうに青白い少年が、僕の後ろに立っていた。

 

こいつの名前は沢辺智治。

 

小学校からの付き合いで、僕のただ一人の友達だ。

 

気が弱く、勉強ばかりしているので、沢辺のガリ勉、略して「沢勉」と呼ばれている。

 

「なんだ、沢ベンかよ。何い?」

 

つっけんどんに言い放つと、僕は夕日に向き直った。

 

「なんていうかさ…、ショウくん、大丈夫かね?」

 

「あ?別にどうもしてねえわ」

 

「だけんさ、クラスであんなこんになっちゃったでさ」

 

「うるせえな。お前には関係ねえわ」

 

「でも…なんか、ごめんよ。僕、怖くて何も出来んかっただよ」

 

「別にいいわ。お前にナントカできることじゃねえだもん」

 

「ほんと、ごめん」

 

「あーもういいからさ。行けや。俺と話してたら、お前までハブられるに」

 

「でも…」

 

「うっせえな。もう行けや!」

 

 沢勉は、僕に怒鳴られると、ためらいながらも歩道橋を駆け下りていった。

 

 

 

あいつはいい奴だけど、頼りにはならない。

 

今の僕の状況は、自分で何とかしないといけないんだ。

 

夕日を背にして手すりにもたれかかり、ポケットの中をまさぐる。

 

そして、通販で買ったばかりのメリケンサックを握り締めた。

 

今日から俺は変るんだ!

 

メリケンサックの状態を確認すると、深呼吸をして、奴らが来るのを待った。

 

しばらくすると、学校の方から、耳障りでイラッとするような笑い声が聞こえてきた。

 

同じクラスのヤンキーどもだ。

 

心臓の鼓動が早まってくる。

 

奴らは、数日前までは友達だった。でも、今は「敵」だ。

 

自分のプライドを守るために、そして、ダサい自分を葬り去るために、僕は、やらなきゃいけないんだ。

 

アホ丸出しの、性格悪そうな笑い声が、だんだん近づいてくる。

 

歩道いっぱいに広がって、恐ろしくレベルの低い、下品な会話を撒き散らしながら、我が物顔で歩いてくる。

 

周りの普通の生徒たちは、気配を殺して、歩道の隅っこを歩いているのに。

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ヤンキーどもめ、そういう行動が、どれだけ人のプライドを踏みにじっているのか、わかっていやしない。

 

「思い知らせてやらあ!」

 

もう一度、メリケンサックの感触を確かめた。

 

ヤンキーどもは、もう歩道橋の下まで来ている。

 

階段を、ゲラゲラ笑いながら、一段一段上ってくる。

 

心臓が爆発しそうだ。

 

走ってもいないのに、呼吸が乱れてきた。

 

あともう一段か二段で、奴らと目が合ってしまう。

 

そう思ったそのとき、僕はまた夕日の方を向いて、手すりに頬杖をついた体勢に戻った。

 

「あっ!」

 

咄嗟に、握っていたメリケンサックを落としてしまった。

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メリケンサックは、夕日に照らされてキラキラしながら、歩道橋の下を走る国道一号線に落ちていった。

 

そのまま、奴らと目が合わないように、まるでしばらく前から、そうしていたかのように装っていた。

 

 夕日と見つめ合うオカシナ僕に気づくと、ヤンキーどもは案の定、僕を挑発してきた。

 

「てか、田中がたそがれてるんだけど」

 

「マジ意味わかんねーし」

 

「うぜー。マジうぜー!」

 

「つか消えろや、マジで」

 

「もう学校来んな」

 

奴らの挑発に、僕のはらわたは、煮えくり返っていた。

 

だけど、体は硬直して動かない。

 

 

こうしていれば、挑発に乗って暴れたりしない大人な人物に見えるはずだ。

 

もしくは、夕日の美しさに感動し過ぎて、悪口など全く耳に入っていない純粋な少年に見えるだろう。

いや、見えてくれ、たのむ。

 

そんなふりをして、この屈辱を回避しようとした。

 

 

 

でも、そんなのは……全部うそだ。

 

悔しさとカッコ悪さで、顔面は梅干みたいになっていた。

 

夕日に顔を向けていれば、陽射しが単語帳の暗記フィルターのようになって、僕の情けない表情を覆い隠してくれるだろう。

 

だから、振り返ることすら出来ない。

 

 

「へっ、腰抜け!バカじゃネエの?」

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃー!」

 

奴らめ、心底人をバカにした笑い声を上げて、去っていきやがった。

 

 

くやしい

 

くやしい

 

くやしい…

 

でも、体は動かないし、口の中はからからで、とても言い返せやしない。

 

それから、ヤンキーどもの近所迷惑なバカ話が十分遠ざかったのを見計らって、

 

 

「うがああああああ○×☆▼!」

 

 

と、言葉にならない叫び声を上げながら、一気に歩道橋を駆け下りた。

 

なけなしの小遣いを貯めて買ったメリケンサックは、もうどこにもなかった。

 

歩道橋の下の国道は、この静岡の片田舎の町から、東は東京、西は大阪に向かって、真っ直ぐに伸びていた。

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「ダセエ!ダセエ!ダセエエエエエ!!オレはすっげえダセエ!!」

 

 

もう、周りの視線はどうでも良くなって、奇声を上げながら国道を走った。

 

コンバースのハイカットは、反骨精神の象徴だけど、アスファルトを走るには靴底が薄すぎる。

 

すぐに疲れ果てて、息を切らして立ち止まり、両膝に両手を置いて、息を整えた。

 

「はあ…はあ…はあ…」

 

ふと、顔を上げると、また、あの夕日が僕をおちょくっていた。

 

歪んだ夕日が、奴らの顔のように…。

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「なんだよ!てめえ!キラキラしてんなや!俺はな、お前みたいな自信満々に輝いてる奴が大嫌いなんだ!堂々と人を見下してんじゃねえよ!このクソボケエエエエエエ!」

 

全力で走って、全力で怒鳴ったからか、口の中は少し鉄の味がした。

 

不覚にも、また涙が溢れた。

 

それを夕日に照らされたくなくて、僕はまた、顔を伏せて路上に崩れ落ちた。

 

「どうせ…俺は…かっこ悪いよ」

 

くやしさと、情けなさと、足が痛いのを我慢しながら、学校の誰にも会わないような道を帰った。 

 

家に帰ると、台所の母親が、夕飯の支度をしながら、話しかけてきた。

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「あー、おかえりい。早かったじゃんか。おやつあるに」

 

答える代わりにカバンをソファに投げつけて、二階の自分の部屋に入った。

 

部屋に入ると、すぐにヘッドフォンをつけ、大音量でブルーハーツを聴きながら、ベッドに突っ伏した。

 

そうしていると、くやしさがさらに込み上げてきた。

 

いつもなら、壁を殴りつけるところだ。でも、部屋の壁はもう穴だらけで、殴る余地もないし、拳もいまや、傷だらけだ。

 

仰向けになり、

 

!!」

 

と、やり場のない怒りを天井に向かってわめき散らした。

 

しばらく大声を出していると、意外にも気分はすっきりして、だんだんとテンションが上がってきた。

 

反対に、頭はめずらしく冷静になっている。

 

 

ぼーっと天井を眺め、ただひたすらブルーハーツを聴き続けた。

 

 

いつしか僕は、自分のプライドを取り戻すための計画を、考え始めていた。

記事修正のご連絡

記事内容を修正します。

今まで書いた記事のうち、特に前半部分(旅に出るまでの話)は、あくまでプロトタイプだったので、これから大幅に書き直していきます。

整合性が取れていなかった。

前半部分と後半部分が、別の話だったため、突然謎の登場人物が出てきていたり、話の内容に整合性が取れていなかったと思います。

これからその点を修正していきますので、よろしくお願いいたします。

法政大学 A日程 過去に出題された文学史に関する知識

今年ももうすぐセンター試験ですね。

今日はちょっとヒッチハイクと関係ない話を。

 

私は普段は通訳者をしているのですが、その合間に家庭教師のような仕事もしています。

ここのところは、教え子の為に、法政大学A日程の国語(古文)で出題された文学史に関する知識を整理していました。

せっかく作ったものですし、欲しい方もいると思いますので、公開しようと思います。

 

法政大学(文系学部)志望の受験生の方の為になったら幸いです。

 

但し、情報の正確さについては保証しかねますので、ご使用は自己責任でお願いします。

正確な時代順にはなっておりませんし、作者について諸説あるときは作者不詳としてあります。

 

法政大学 A日程 過去に出題された文学史に関する知識  
出題頻度 時代 作品名 ジャンル 著者名
  平安時代 竹取物語 物語文学 作者不詳
  平安時代 伊勢物語 歌物語 作者不詳
  平安時代 日本霊異記 説話集 景戒
  平安時代 古今和歌集 勅撰和歌集 紀貫之、他3人
  平安時代 後撰和歌集 勅撰和歌集 源順、他4人
  平安時代 枕草子 随筆 清少納言
  平安時代 紫式部日記 日記文学 紫式部
  平安時代 大和物語 歌物語 作者不詳
2回 平安時代 源氏物語 物語文学 紫式部
3回 平安時代 更級日記 日記文学 菅原孝標女
3回 平安時代 蜻蛉日記 日記文学 藤原道綱母
  平安時代 和泉式部日記 日記文学 和泉式部
  平安時代 浜松中納言物語 物語文学 作者不詳
  平安時代 土佐日記 日記文学 紀貫之
2回 平安時代 栄花物語 歴史物語 作者不詳
  平安時代 今昔物語集 説話集 作者不詳
  平安時代 讃岐典侍日記 日記文学 藤原長子
  平安時代 落窪物語 物語文学 作者不詳
  平安時代 詞花和歌集 勅撰和歌集 藤原顕輔
3回 平安時代 とりかえばや物語 物語文学 作者不詳
  平安時代 千載和歌集 勅撰和歌集 藤原俊成
  平安時代 宝物集 説話集 平康頼
  鎌倉時代 建礼門院右京大夫 私家集 建礼門院右京大夫
  鎌倉時代 新古今和歌集 勅撰和歌集 藤原定家、他5人
  鎌倉時代 宇治拾遺物語 説話集 作者不詳
2回 鎌倉時代 金塊和歌集 私家集 源実朝
  鎌倉時代 撰集抄 説話集 作者不詳
  鎌倉時代 十六夜日記 日記文学 阿仏尼
  鎌倉時代 方丈記 随筆 鴨長明
  鎌倉時代 無名抄 歌論書 鴨長明
  鎌倉時代 平家物語 軍記物語 作者不詳
2回 鎌倉時代 沙石集 仏教説話集 無住
2回 鎌倉時代 古今著聞集 説話集 橘成季
2回 鎌倉時代 十訓抄 説話集 作者不詳
  鎌倉時代 徒然草 随筆 兼好法師吉田兼好
  南北朝時代 太平記 軍記物語 作者不詳
  南北朝時代 菟玖波集 連歌 救済、二条良基
  室町時代 閑吟集 歌謡集 作者不詳
  室町時代 義経記 軍記物語 作者不詳
         

 

頑張れ受験生!

一芸入試で高校受験

 秋になると、クラスの空気はもう受験モード一色だった。

 ヤンキーの中でも、リキヤなどの上の階級のヤンキー達は、中途半端に高校に行くのではなく、鳶や何かの仕事に就くようだった。

 彼らを除けば、ほとんどの生徒達は完全に受験体制に入っていた。

 沢勉は当然、地域で一番賢い進学校を志望していて、毎日のように塾に通い始めた。

 そんな状況だったが、僕は、まったく受験勉強をする気がなかった。

 そもそも、受験勉強において一番重要な夏休みに、ヒッチハイクをしてフラフラ遊んでいたのだから、いまさら勉強して間に合うわけはない。

 僕は、将来は「旅人」になりたかったので、卒業後はアルバイトをしてお金を貯め、まずはインドを放浪するつもりだった。

 「旅人」という職業はないらしいということはわかっていたが、ともかく旅をして暮らしたかったのだ。

 そういうわけで、みんなが必死に勉強している中、ひとりボケーッと鼻くそほじってのんびり構えていたのだが、そんな僕を見て、担任の松浦先生は、さすがに心配してくれたらしい。

「田中。お前、本当に高校に行かないつもりか?」

「うん、行かねっス。」

「ウンじゃない。ハイだろ。高校に行かないで、何するんだ?」

バイトして、金ためて、インドに行くんス。」

「インド行くって言ったって、英語はどうするんだ?」

「俺、英語は結構成績良かったし。(五段階中、3に過ぎないのだが)」

「成績良くたって、所詮中学英語だからなあ。しかも、五段階中、3じゃないか。高校に行って、もっと勉強したほうがいいんじゃないか。」

「でも、あんまり勉強しすぎると、性格悪くなりそうだし。挨拶も出来ない東大生もいるって聞くし。(バカだから、本当にこんな風に思っていた。)」

「それは極端な例だ。勉強できるに越したことはないだろう。それに、中卒で、定職にも就かないで、将来はどうする気だ?」

「風の向くまま気の向くままに…」

「アホか」

こんなアホな僕を相手にして、さぞかし疲れたと思うが、松浦先生は、僕を何とか高校に行かせようとして、説得を続けてくれた。

「田中、小笠高校って知ってるか?」

「何それ?おいしいの?」

「だまれ。小笠高校は、県内初の総合学科で、単位制の高校だ。授業は必修科目以外は自由に選べて、自分が嫌いな科目はとる必要がない。しかも、英語の科目が充実していて、中国語やポルトガル語もとることができる。お前にぴったりだろう?」

たしかに、これは僕にぴったりだった。

わがままで協調性のない僕としては、興味もない科目に余計な時間を費やしたくなかったし、将来は世界中を旅したかったので、たくさんの外国語が学べる小笠高校はうってつけだった。

 ただ、ひとつだけ心配なことがあった。

「そんな高校があるんスか?そういうとこなら行ってもいいかも。でもさ、俺は受験勉強はしたくないし、今から勉強して間に合うわけないと思うんスけど」

「それが、大丈夫なんだ。この高校は、そんなにレベルが高い学校じゃない。一芸に秀でた生徒を欲しがっていて、一つでも優れたところがあれば、推薦入試で面接だけで合格できるんだ。」

「一芸って言ったって、英検で3級だか、2級だかを持っているとか、スポーツで全国大会に出たとか、そういうのでしょ。俺、なんのとりえもないもん」

何度も何度も言ってきて悲しくなるが、僕は勉強もスポーツもからっきしで、当然、すごい経歴も資格もない。

怪訝そうな顔をする僕に、松浦先生はこう言ってくれた。

ヒッチハイクがあるじゃないか」

なるほど、その手があったか。

というより、そんなことでも一芸に含まれるのかと思い、感心してしまった。

 たしかに、ヒッチハイクで日本列島をほぼ縦断した中学生は、そうザラにはいないだろう。

 それに、ヒッチハイクの話なら、何時間でもしゃべれるだろう。

 こうして、僕は小笠高校の推薦入試を受けることになった。

 以前、公会堂で講演をしたときのように、模造紙に日本地図を描いていき、それを指差しながら、旅の話を好き勝手に喋り散らしてきた。

 結果は…合格だった。

 合格したときは、なんだか不思議な気持ちだった。

 必死で勉強して勝ち取った合格ではないから、それほどうれしかったわけではない。

 中学1年生の時、僕はクラスから孤立し、下手をすれば不登校やひきこもりになってもおかしくない状態だった。

そんな僕が、ヒッチハイクの旅に出たことで、自信がつき、空気を読まない強さを得て、学校生活はつらくなくなった。

それだけではなく、受験そっちのけで旅に出て、高校に行くつもりもなかった僕が、ヒッチハイクの旅のおかげで、今こうして、高校の合格証書を手にしている。

ヒッチハイクは、僕に、たくさんのものを与えてくれた。

この旅が、僕の出発点であり、今も僕を支えてくれている。

大きな変化

修学旅行が終わり、またいつもの学校生活が始まった。

 僕は旅館での一件以来、もしかしたらゴツオからの仕返しがあるかもしれないと、一応用心していた。

 そんなあるとき、放課後の廊下でリキヤに声を掛けられた。

 リキヤは、今やこの中学校の番格になっていて、リーゼントに長ランを身につけ、胸には金ボタンを輝かせていた。

 僕は、案の定、仕返しに来たのかと思い、顔を強張らせた。

―こいつが出てきたのか。とすると、この学校の全ヤンキーを敵に回すことになるな。

 最悪のことを考え、少し不安になった。

 しかし、奴の口調は、けっしてケンカ腰ではなかった。

「タナカよお、ゴツオのこと、怒ったんだって?」

 僕は、あまりの物腰の柔らかさに、拍子抜けして、

「あ…ああ、そうだよ。大人しい普通の奴に、変な因縁つけてたから、頭にきてさ」

と言った。

奴は、おもむろにタバコに火をつけ、一服し始めた。(ちなみにここは廊下だ!)

わかっている。こいつは演出でこれをやっているのだ。

そして、十分もったいぶってから、

「ふうん。そっか。まあ、ゴツオも悪い奴じゃないから、許してやってくれや」

と、やはり優しい口調で言った。

 僕は、正直うんざりし過ぎて、胸焼けがしてきた。

こいつは、学校で有名になってしまった僕を集団で締め上げるのが面倒くさいのと、そんなことやってもメリットはないことをわかって、逆に僕とゴツオの仲裁をすることで、双方の顔を立ててやり、「争いを未然に防いだ番長、リキヤくん」を演出しようとしているのだ。

―結局、こいつはいつまでもこういうことをやって、生きていくんだろうなー。

中学校生活ももうすぐ終わりだし、リキヤは卒業したら鳶職になって働くから、もう関わりあうことはないし、もう、何も怖くなくなった。

「な、ここは俺の顔を立ててさ。悪いようにはせんで」

僕は、威厳を保ってタバコをふかしているリキヤに対して、満面の微笑みを浮かべながら、思いっきり中指を立て、

「うるせえ」

と言ってやった。

 人生で三本の指に入る、痛快な瞬間だった。

そのときも、それからも、僕はヤンキー達の襲撃を受けることはなかった。

修学旅行

その後は、修学旅行までの事前学習として、原爆に関する写真や絵などの芸術作品を体育館に展示したり、広島から被爆体験の語り部の方を招いてお話を聞いたりして、理解を深めていった。

千羽鶴については、全部で八万羽くらいは折ったと思うが、ギネス記録を更新したかどうかは憶えていない。

こうして、さまざまな準備を終えて、いよいよ修学旅行に向かったわけだが、残念ながら修学旅行のことはあまり印象に残っていない。

おそらく、中2、中3と、一人で気ままにフラフラしたり、出会った人と自由にパーティーを組んだ旅が面白すぎて、みんなで集団行動をしなければならない修学旅行がつまらなかったのだと思う。

ただ、ひとつだけこんなことを憶えている。

修学旅行先の旅館でのことだ。

部屋のメンバーとウノをやるのが面倒くさかった僕は、一人でふらふらと旅館の廊下を歩いていた。

すると、階段の方から、

「なにガンくれてんだ!てめえ!」

 という怒鳴り声が聞こえた。

 持ち前の野次馬精神を発揮して駆けつけてみると、階段の踊り場で、ヤンキーがぼっけーの胸ぐらをつかみ、因縁をつけていた。

 どちらも僕と同じ中学の生徒だ。

「修学旅行先まで来て、同じ中学校のやつ同士で何やってるんだか」

壁際から様子を伺いながらそう思ったが、よくよく見ると、脅されているのは沢勉で、脅しているのはゴツオだった。

モヤシっ子の沢勉は、ゴツオに小突かれて、膝がガクガク震え、もう少しでちびりそうになっていた。

そうしている内に、騒ぎを聞きつけたのか、リュウちゃんとかっつんがやってきて、沢勉を取り囲んだ。

三年生になっているので、奴らはもう、一年の時のひよっこヤンキーじゃない。

髪型も、リーゼントやツーブロックになっているし、金髪もいる。服装も含めて、もはや正真正銘のヤンキーだ。

ゴツオに至っては、180センチを超える巨体に成長していた。

そんな奴らが、モヤシっ子の沢勉を取り囲んでいるのだ。

「ゴツオ、どうしたよ?」

「なんかあっただか?」

二人がニヤニヤしながら尋ねた。

「このぼっけーが、俺にガンくれてきたんだわ」

「へえ、このガリ勉小僧が」

「テメエ、どういうつもりだゴルア!」

沢勉は、半泣きの状態で、

「あ、あの…ぼっ、僕は…そんな」

と、弁解も出来ずおびえるしかなかった。

ゴツオはいきり立って、

「ああ!コルア!なめてんのか!」

と怒鳴り散らす。

 三人は、面白いおもちゃでも見つけたかのように、沢勉の尊厳を無視して、ニヤニヤしながら小突き回し始めた。

 僕の目の前で、沢勉の尊厳が踏みにじられていく。

 でも、僕の体は動かない。

 正直、怖かった。三人とも、恐ろしげな格好をしているし、ゴツオは一年の時ですら僕よりはるかに強かった。それだけでもヤバイのに、今では、僕との体格差は10センチ以上開いている。そのうえ、三対一では絶対に勝ち目はない。

 沢勉は、真面目なぼっけーだったから、ケンカをしたり、大声で怒鳴ったりしたことはない。

クソヤンキーどもには、そんなぼっけーの沢勉にも、自分達と同じように、反骨精神や、悔しさや、男としてのプライドがあるということなど、想像すら出来ていないのだろう。

 でも、僕は知っている。

 僕がこいつらに無視されて孤立していた時、沢勉は、表立って反抗こそできなかったものの、心の中で、ずっと悔しさを抱えていてくれたことを。そんな悔しさを払拭する為に、弁護士を目指していることを。そして、こいつが本当に度量の広い男で、僕の唯一の親友であることを。

「おいコラア、なんとか言えよ。僕ちゃんよお~」

ゴツオが、沢勉の髪をつかんで、頭をぐりぐり回しはじめた。

「あー?死ねよオラ!」

 かっつんが、沢勉のふとももにローキックを入れた。

「ぎゃあ!」

沢勉の細い足が曲がり、体が崩れ落ちた。

「うひゃうひゃ!なんも抵抗できネエでやんの」

「オラー、生意気なんだよガリ勉があ!」

廊下に倒れた親友を、奴らは、よってたかって蹴り始めた。

僕の、目の前で。

沢勉は、誰がなんと言おうとも、僕の唯一の親友だ。いつも隣にいてくれて、僕を心配してくれた。僕がどんな仕打ちをしても、いつも笑って許してくれた。そんな彼に、僕は何が出来ただろうか。なんにも出来やしなかった。今まで彼にもらった恩を、返すことが出来るとすれば、この日を置いては他になく、旅を通して今まで僕が、ずっと学んできたものが、勇気だったとするならば、この日の為に学んできたんだろう!

「何やってんだゴルアアアア!」

 僕は全力で雄たけびをあげ、ゴツオに殴りかかった。

「うわあ!」

「なんだよテメエ!」

突然僕が現われて、三人ともひどく混乱した。

僕の拳は、ゴツオの長いリーチに阻まれて、届かなかった。

「何考えてんだ!タナカ!」

 ゴツオはとっさに両手で僕の胸板を弾き、僕は壁に叩きつけられた。

「痛えなコラア!」

 僕は、ダメージを受けながらも、悪態をついて虚勢を張った。なめられない為だ。

「いきなり、なんだよタナカ!引っ込んでろや!」

ゴツオは、興奮した様子でこう言った。

かっつんも狼狽しながら、

「な、なんでタナカがからんで来るんだよ!」

と突っかかってきた。

 かっつんは金髪のツーブロックで、短ランをはだけさせ、中からピストルズのバンドTを覗かせていた。典型的な田舎のイキガッってる中学生だ。

 僕は、こいつのような一人では何も出来ず、集団でつるんでは弱いものいじめばかりする奴が、いっちょまえにパンクス気取りでいることにも腹が立ってきた。

 別に、僕自身はパンクに思い入れがあるわけではないが、空気を読んじゃって宮仕えのようなヤンキー生活をしている奴が、反骨を気取っていることに腹が立ったのだ。

「ごちゃごちゃうるせえよ!このクソボケッ!なに俺の親友に因縁つけてんだよ!弱いものいじめして、ダッセエな!てめえのハイカットのコンバースを切り刻んでローカットにしてやんぞ!」

 思わずこんなセリフを口走っていた。

「はあ?親友?こんな奴と?キモイわバカ!」

 かっつんはこう罵ってきた。

 その間に沢勉は奴らの包囲を抜け出し、僕の後ろに隠れた。

「リョ、リョウくん、ごめん」

「何で沢勉が謝るんだよ!何か悪いことでもしただか?」

「う、ううん。僕ガンなんてくれてないよ。ちょっとチラっと見ただけなのに」

「ああ!うるせえ!ぼっけーがいっちょまえな口きいてんじゃねえよ!」

ゴツオがいきり立ってほえた。

「黙れクソゴツオ!いつもいつも真面目に生きてる奴をコケにしやがって!てめえらヤンキーはマジカッコわりいな!」

「あんだと!ぼっけーみたいに、真面目くさって先公のいいなりになって、お勉強ばっかやってる奴らより、ずっとマシだわ!ぼっけーなんか学校や勉強のことしか知らんで、社会に出たって面白みのない大人になるだけだら。その点、ヤンキーの方が、若い頃からいろんな経験をするもんで、厚みのある大人になるら。ボクシングの世界チャンピオンだって、俳優や社長にだって元ヤンキーは多いじゃんか。テレビでも、元ヤンキーの教師とか、ヤンキーをテーマにしたドラマが多いだろうが!そんだけ、ヤンキーは魅力的だってことだら。それに、世間や先公には色眼鏡で見られて、悔しい思いをするヤンキーだって多いだで、人間として幅が出来るだよ!ぼっけーなんかカスだ!」

「あははは!笑っちまうわ!ゴツオ、お前バカじゃねえの?あー、マジいらいらしてきたわー。確かに最近、世の中じゃ、テレビドラマでもマンガでも、ヤンキーや元ヤンキーを主人公にしたもんが溢れているら。そのうえ、元ヤンキーの俳優や、アイドルはおろか、ヤンキー先生や予備校講師、元ヤン弁護士まで登場してきて、元ヤン業界は大盛況だら。マジ笑えるわ。最初は、そもそもヤンキーには悪いイメージがあって、そんな悪いイメージのヤンキー達が、逆に正しいことをやったり、大活躍するのが面白くて、ドラマやマンガがヒットしただら。だけん、今ではそれが一周回って、「ヤンキー=カッコいい」ってなってる気がするわ。そのせいで、いい大人になってからも、飲み会の席なんかで、「俺も昔はワルかった。」なんて、さもワルかったことがステータスであるかのように、謎の自慢話を繰り広げるゴミクソ人種が発生してるわけだら。だけん、俺はこういう風潮は、絶対におかしいと思うわ。元ヤンキーの学校教師なんかが、よく不良少年の気持ちは、元不良にしかわからない。そんな不良たちを救ってやるために、教師になった。」みたいなことを言うけんが、そもそも、お前らなんか、そんなにかわいそうかねえ?もちろん、家庭環境が悪かったり、さまざまな事情があってグレちゃう奴もいるら。でも、いろんな事情を抱えているのは、真面目な奴だって一緒だし、同じような環境でも、グレん奴はグレんわ。それに、たとえで出しちゃ悪いかも知れんけど、沢勉のウチは母子家庭だしな」

「うん、そうだよ」

「な。でも、いや、だからこそ、沢勉は真面目にしっかり頑張ってるとこあるじゃん。それってスゴイことだと思うし、カッコいいわ。それに引き換え、クソゴツオ!」

「ああ!なんだ!」

「お前の親父は金物屋の社長だし、お前のウチは金持ちじゃねえか!家庭のことだから、何も問題ないだろうとまでは言わんけど、少なくとも恵まれた環境の奴が、反骨気取ってんじゃねえよ。ダッセエな。それにな、実際のところ、学校生活じゃお前らヤンキーとかの問題児や、いじめられていたり、ひきこもっていたりする奴の方が、注目されやすいじゃんか。先生方は、そうした「問題を抱えている生徒」に時間を割くことに精一杯だ。そのかげに隠れて、大多数の「真面目な普通の生徒」は、問題がないだけにほったらかしにされてるじゃんか。本当は、「真面目な普通の生徒」だって、それなりに事情を抱えているし、不安や不満、反抗心だって持っているのに。なあ、沢勉」

「ふうう、ふふう、うん。うん」

沢勉は、唇を噛みしめて泣いていた。

「それなのに、今の世の中は、クソヤンキーなんかの目立つ生徒を過剰に評価しすぎだろ。たとえば、元ヤンキーで活躍しているクソみたいな大人の多くが、「道を踏み外したり、グレていた奴ほど、いろんなつらい思いをしているから、優しい人間になれる。ケンカをしたり、暴れたりしたのは、エネルギーが有り余っていたからで、それを正しい方向に向ければ、普通に行儀良く真面目にやってきた子供より、すごいことが出来るんだ。」とかぬかしゃあがる!マージーで、ふざけんな!まるで、「真面目な普通の生徒」が反抗心もエネルギーもない、まったく面白みのない人間であるかのような言い方じゃないか。何回も言うけど、「真面目な普通の生徒」だって、不安や不満を抱えているし、社会の不条理に対する反抗心もエネルギーも、お前らゴミクズヤンキーと同じくらい持ってんだよ」

 すると、今まで黙っていた沢勉が、溜まっていたものを吐き出すかのように話し始めた。

「そうだよ。でも、そうした不満や反抗心を、君ら不良の人たちがやっているみたいに、先生や近所の人達や、自分より弱い生徒にぶつけたりしても、仕方がないってわかっているから、人に迷惑を掛けるのは、筋違いだってわかっているから、我慢して耐えているんじゃんか。僕らは、君らがバイクに乗って暴走行為をしたりして、近所の人に迷惑をかけているエネルギーを、スポーツや勉強に打ち込んだりして頑張ってるのに。元ヤンキーの人達は、自分たちが被害者で、僕らの何倍も、つらい思いをしてきたようなことを言うけど、君らが偉そうな態度を取って、僕らを威嚇したり、集団の力を笠に着て、ニヤニヤした顔で僕らを馬鹿にした時、どれだけ僕らの尊厳を踏みにじって、僕らの心を殺してきたか、全く自覚してないじゃんか。はっきり言って、どんな事情があったかは知らんけど、勝手にグレて、他人に危害を加えたり、他人の尊厳を踏みにじってきたことが、誇れる過去であるはずがないじゃんか。元ヤンキーの人達は、普通に行儀良く真面目にやってきた人間が、好き好んで真面目にしてきたと言いたいみたいだけど、好き好んで何でもかんでもしっかりこなせるもんか!僕らは、他人の迷惑を考えて、大人の行動をしてるだけじゃん。僕らだって、理不尽な大人の事情とか、社会の仕組みとかに対して、反抗心を抱いてはいるけど、先生方や親に反抗して迷惑をかけても仕方ないことをわかっているから、我慢しているだけだよ!君らのように、他人の迷惑を顧みず自分の感情を優先して暴れまわったりしないだけだよ!君らは、自分の心の弱さが原因でグレてしまっただけなのに、いろんな先生に手をかけてもらって、社会からも「カッコいい」とかいう評価を受けておきながら、それでも普通の僕らに迷惑をかけ、尊厳を奪っているんだ。僕は、そんな人間を絶対に評価しないし、絶対に許さない!」

「そうだそうだ!大体お前らな、色眼鏡で見られるって被害者ぶってるけど、そんな格好することで、バカ女どもにはモテるわけだし、道を歩けば怖がられて、道を譲られるわけだし、十分メリットを受け取ってるじゃんか。そんだけいい思いをしてきておいて、「先公め、あいつら色眼鏡で見やがって!」なんて、よく言えたもんだな。どうせお前ら、本当はそんなこと思ってやしないんだろう。ただ、よくドラマで使われるセリフを、何も考えずに使ってるだけなんだろう。それで、そんなセリフを言ってれば、なんか社会に排除されたアウトロー気分と被害者意識を同時に味わえるから、とりあえずそう言ってるだけだろうが!それからな、お前ら、ヤンキーの方がいろんな経験するって言うけど、そんなの、族の集会に出入りしたり、ケンカしたり、パチンコやスロットやったり、そんな下らないことばっかじゃないか!しかも、全部マンガに出てくることばっかで、意外性ゼロ!しかも、経験しようと思えば簡単に経験できることばっか!お前らの足りない頭の中で、創造できるスゴそうでワルソそうなことを、「経験」って言ってるだけだら!マジで、バッカじゃねえの!」

「そうだよ!経験っていうのなら、美術館に行って世界的な画家の絵を見るのだって、何百年かに一度しか見れない彗星を見に、天体観測に行くのだって、富士山に登ることや、古代遺跡の発掘の様子を見学に行く事だって、全部経験じゃんか!リョウくんみたいに、旅に出ることだって経験じゃんか!でも、君らの中では、そういうのは経験って言わんだら?そんなの、自分達の価値観しか受け入れられない、視野の狭い人間じゃんか!そういう心の持ち方でいたら、どんな経験を積んだって、そこから色々な宝物を取りこぼしてしまうよ。僕は、そんな人間にはなりたくない!」

 僕ら二人がずっとしゃべっている間、ヤンキーどもは、やっぱり馬鹿だから語彙が少ないようで、ろくな反論も出来ず、

「うるせえ!」

「死ね!バカ!」

「マジうるせえ!黙れや!」

「バーカ!バーカ!聞こえんわ!ああああああ!」

などの罵詈雑言しか言えなかった。

 そうこうしている間に、僕らの大演説が聞こえたのか、他の生徒達や、先生達が近づいてくる気配がした。

 ゴツオは、おそらく僕らの演説にうんざりしていたうえ、先生が来たら面倒だと思ったのか、

「ヘッ!バーカ!大体、何でタナカが出て来んだよ!おい、シラケたから、もう行こーぜ!」

と言って、かっつんとリュウちゃんを伴って去っていった。

 奴らが去ってから、沢勉はホッとしたのか、

「はあああ…怖かったあ」

と、ため息をついた。

「沢勉、すごかったな。演説。お前、やるじゃん。あれなら、弁護士になれるよ」

沢勉は、くしゃくしゃになった不細工な顔を、さらに不細工にさせて、

「リョウくん、ありがとうな」

照れながら、言った。

 答える代わりに右手を上げて、僕らは、力強くハイタッチした。

千羽鶴事件②

みんなのこうした悪ふざけは、次第にエスカレートして、紙飛行機どころか、棒を作ってチャンバラごっこに興じる奴や、ボールとバットを作って野球を始める奴らも現れた。

休み時間にやってるだけならまだ可愛いものだが、ヤンキー連中には時間の概念が理解できなかったようで、授業中まで折り紙で遊びほうけていた。

さすがに、これは問題となり、学年集会が開かれることになった。

「リョウくん、どうしよう。僕も紙飛行機折っちゃったから、やっぱ怒られるかねえ?」

沢勉は、普段怒られることとはまったく無縁の学校生活を送っているので、すっかり萎縮してしまって、顔面蒼白だ。

僕はといえば、

「ていうか、折り紙で自分の創意工夫を試すことが、そんなにいかんことかねえ」

と、まったく腑に落ちなかったので、たとえ謝れと言われても謝るつもりは毛頭なかった。

体育館で集会が始まると、竹刀を持ったコワモテの、筋肉バカ丸出しのクズ体育教師が現れた。

こいつは、常に生徒達に対して高圧的で、偉そうなことばかりぬかしており、僕は大嫌いだった。

こちらが子供で、あっちが大人ってだけで、何でいつも偉そうにされないといかんのか。

僕らが大人になって、あいつと同じくらいの年齢になったら、僕らの方がはるかに高いパフォーマンスを発揮しているかもしれないじゃないか。

いつも怒鳴られるたびに、そう思っていた。

奴は、壇上に上がり、大声で怒鳴り散らした。

「ここにいるほとんどの生徒は、まじめに、平和を祈って折鶴を折ってくれていることと思う。今までに折られた鶴の数は、すでに数万羽にも及んでいる。これは、本当にすばらしいことだと思うし、先生はみんなのことを誇りに思う。だが、この中に、そんなみんなの気持ちを踏みにじるとんでもない人間がいる!全校はおろか、保護者や地域のみなさんにも協力してもらい、一生懸命集めた紙を、飛行機にして飛ばすわ、チャンバラをはじめるわ、授業を妨害するわと、好き放題やっている!こうした一部の人間が、この中学校の雰囲気を乱している!なあ、お前らは恥ずかしくないのか!お前らはなあ、平和を祈るみんなの気持ちだけでなく、被爆者の方々や、戦争で苦しんでいる人々の、平和への思いまで踏みにじったことになるんだぞ!いいか、少しでも反省しているんなら、今、ここで、自分から申し出ろ!」

 クソ体育教師が怒鳴り終わると、体育館はシーンと静まり返った。

 僕は、このクソの発言に、内心ものすごくイライラしていた。

たしかに、皆が頑張って集めた紙を使って紙飛行機を飛ばしたのは、2ミリぐらいは悪かったと思うし、反省もしてるよ。テンションが上がりすぎて、チャンバラや野球まで始めた奴らは、たしかにやりすぎたら。でも、それは中学生特有の遊び心が全力で発動しただけのことだし、みんなそれほど悪気があってやったわけじゃないら。百歩譲って悪いとしても、皆で決めた目標を共に達成しようと熱心にならなかったことや、紙を無駄遣いしたこと、ばかヤンキーどもが授業妨害しちゃったぐらいのことだら。みんなが折った折鶴をくしゃくしゃに潰したとか、燃やしたとか、切り刻んだとかいうならまだしも、少しばかり、いたずらが過ぎてふざけてしまっただけの人間を、平和に対する悪の権化のように言うとはなんだ。誰も被爆者の人達を茶化すような気持ちでやったわけじゃないのに、論理の飛躍も甚だしいじゃないか。反対に、休み時間に楽しく折鶴をたくさん折ってたくらいのことで、そいつらが聖人君子のように扱われるのもどうかと思うわ。

考えていたら、どんどん怒りが込み上げてきた。

 体育館は、まだ静けさに包まれたままだった。

 痺れを切らした、あのゴミクソは、調子に乗って、

「どうしたあ。お前ら、それでも男か!自分のケツも自分で拭けんのか!」

と偉そうにほざき始めた。

こいつは今、自分を正義の化身のように考えて、偉そうに生徒達を怒鳴りつけることで、快感を感じ始めているのだ。

僕は、怒り心頭に発して、

「ケツぐらい自分で拭けるわボケエ!」

と立ち上がった。

 しおらしくうなだれて反省しているように、ゆっくり立ったら、本当に悪いことをしたように見えるので、あえて勢いよく立った。

 そして、オリンピックの表彰台で金メダルを受け取ったアスリートのように、あえて胸を張って立ってやった。

 そのまま、勢いでこうまくしたてた。

「先生は、僕達が休み時間にあまり鶴を折らず、紙飛行機ばかり作っていたことを、ただ遊んでいただけと思っているようっスね。そして、平和への思いを胸に鶴を折り続ける生徒達がいる一方で、遊んでばかりいるのはけしからんと。それから、そんな奴らは、世界から戦争をなくし、平和を願おうとする人々の思いを踏みにじるものだと決めつけてらっしゃる。でも、それは誤解というもんスよ。僕らは、単に遊びで紙飛行機を作っていたわけじゃないんです。僕らは、紙を使って、完成度の高いB‐29爆撃機「エノラ・ゲイ」を製作しようとしていたんです。そして、それを以て広島への原爆投下に対して痛烈な批判を加えようと思っていたんスよ。折鶴と一緒に、エノラ・ゲイが手向けられていたら、これほど戦争を皮肉ったコントラストはないじゃないですか。つまり、僕達も平和を願う気持ちはみんなと同じってことです。なんら非難される筋合いはないっスよ。」

 僕は、

口からでまかせってこのことだなあ。

 と思いながら、人とコミュニケーションを取ることすら苦手だった僕が、全校集会でよどみなくウソを並べ立てていることに、ほんのり自分の成長を感じていた。

 クソ体育教師は、僕の語った崇高な志を理解出来なかった様子で、アホのようにポカンと口を開けていた。

先生方も生徒たちも、ぬけさくのようにポカンと口を開けていた。

 どうやら、先生方は、僕が紙飛行機を飛ばしたとは思っておらず、ヤンキー達をこってり絞ることが目的だったようだ。

そのうえ、このクソ体育教師は僕の旅日記を読んで修学旅行先を広島に変更したうちの一人だったので、

「いや、あの、君に立たれちゃうと困るんだけど…」

みたいな空気になってしまった。

 しばらくアホみたいな顔を続けたあと、クソ体育教師は元のコワモテに戻り、

「あー、うん、ゲフンゲフン!まあ、その、なんだ。お前のやろうとしたことは理解できるが…あれだ、世の中の人には、そういう変化球みたいのは、誤解される恐れもあるからな。まあ、今回は皆で鶴を折ろうということになっているんだから、勝手なことは、ちょっとイカンよな。うん。えー、はい。ほかにもー、なー、いるんじゃないか?田中みたいな動機からじゃなくって、ただ悪ふざけししてしまった奴が」

と、やや苦しいお説教を垂れた後で、起立を促した。

 隣のクラスの列から、沢勉は、おどおどした顔で、僕の顔色を伺っていた。

―え、ぼ、僕も立たなきゃダメ…かねえ…?

 その顔は、こう問いかけているようだった。

 僕は、

―そんなの知らんわ。自分が立ちたいと思ったら、勝手に立ちゃあいいじゃんか。

 というように、心の中でエスペラント語でつぶやいた。

 結局、沢勉はもじもじしながら立ち上がった。

 それをみて、体育教師は、

「うそーん」

という顔をしていた。

 立ち上がっているのが、ヒッチハイクの旅に出た僕と、学年でも一、二を争う秀才の沢勉だったので、先生方の筋書きは完全に崩壊してしまったようだ。

しばらくして、ヤンキー達がしぶしぶ立ち上がり始めた。

 みんな、面倒くさそうな顔をしていた。

 そのあとは、なんだか変な空気になったまま、体育教師が適当なお説教をして、フワーッとしたまま集会が終わった。

 ここでも、僕は思いっきり空気を読み違えていた。

でも、この頃になると、空気を読まずに自分の気持ちを貫き通すことが、しだいに快感になってきた。

それとともに、普段は「個性が大事!個性が大事!」と唱えている教師達が、いざ生徒が個性を発揮し始めたときには、全力でそれを矯正しようとすることに、強い反発を感じていた。

これは、きっと学校だけじゃなくて、日本全体を覆っている雰囲気なんだろう。

そんなつまらない社会の中で、どうやったら、矯正に従わずに、自分を貫き面白おかしく生きていけるだろうか。

そんな生き方をも、模索し始めていた。