ヤンキーの正しいなり方
かくしてヤンキーになる決意をした僕だったが、肝心のなり方がわからない。
「そんなもん。勝手にぐれればいいじゃないか」
と思うだろうが、ひとりで突然ぐれたら問題だ。
そんなことをすれば、おそらく他のヤンキーから、
「生意気だ。」
「目立ってんじゃねえ。」
と宣戦布告され、総攻撃を仕掛けられそうだ。
これを返り討ちにすることが出来れば、一躍ヤンキー界期待のルーキーになれるだろう。
しかし、ケンカの実戦経験もなかった僕には、おそらくそこまでの戦闘能力はないと思われる。
となると、そんなリスキーな手段は取れない。
なるべく安全にヤンキーになる方法を模索すべきだ。
「どんな世界でも、その世界に入るためには、正当な手続きが必要だ。 それはヤンキーの世界とて例外ではあるまい。」
こう思った僕は、まずヤンキーの世界に導いてくれるであろう水先案内人を探した。
すると、水先案内人になってくれそうな人は、すぐに見つかった。
クラスの中で、少し普通とは変わった髪形をしている松岡くんという少年がいたのだ。
彼は制服を着崩し、いつもけだるそうな顔で、椅子をグラグラさせながらアホのように授業を受け、先生を茶化したり、突然教室から出てボケ老人のように校内を徘徊したりしていた。
僕がヤンキー漫画で得た情報をもとに判断すると、彼はヤンキーの一種だと思われる。
彼と仲良くなれば、ヤンキーになるための手続きの詳細を教えてくれるだろう。
だが、いまひとつ確証が持てなかった。
話しかけてみて、ヤンキーではなかったら、ただの頭のおかしな人だ。
そんな人とは関わりたくないし、うかつに「ヤンキーになりたい」なんて言ったら、こっちが白い目で見られかねない。
確証を得る必要がある。
そこで、僕は一計を案じた。
当時、僕のクラスでは「命令じゃんけん」というものが流行っていた。
いわゆる王様ゲームをじゃんけんでやるもので、負けた人は勝った人の命令に必ず従わなければならないという遊びだ。
僕は、元木くんという気の弱い友人と、よくこの遊びをしていた。
ある日、僕はいつものように元木くんを命令じゃんけんに誘い、勝利するとこんな命令を下した。
「あそこに松岡くんがダルそうに座ってるだろ?彼のところに言って、『喧嘩上等』と言って来るんだ。」
僕が読んだヤンキー漫画では、ヤンキーの多くは『喧嘩上等』(「喧嘩をお売りくださるお客様には、それ相応のおもてなしをさせていただきます」の意)をモットーとし、このフレーズに過剰に反応する。
売られた喧嘩に応じないことは、彼らの沽券に関わるらしいので、もし松岡君が正当な(?)ヤンキーであれば、必ず明白な反応を示すはずだ。
しかし、気の弱い元木くんは、当然、
「ええー、いやだよ。そんな怖そうなこと。」
と言って、応じない。僕は、
「命令じゃんけんに従わないってのか。一度決めたルールを守らないなんて、それでも男かよ 。」
となじった。
そもそも、自分で試せばいいのに人を使おうと言うのだから、一番男らしくないのは僕なのだ。
でも、このときの僕のコンセプトは「いかにして安全にヤンキーになるか」なのだから、こればっかりはいたしかたがない。
僕になじられて、元木くんはしぶしぶ命令に従った。
彼は、ビクビクおどおどしながら、おそるおそる松岡くんに近づいていった。
だが、近くまでは行ったものの、なかなか声をかけようとしない。
そうこうしているうちに、クラスのアバズ…もとい女子と下品な声を上げて談笑していた松岡くんが、元木くんに気づいた。
そして、怪訝そうに、
「あんだよ。」
と言った。
しかし、元木くんは、
「あうあうあう…。」
と言葉にならない。
松岡くんはいらいらして、
「なんか用かよ。言いたいことがあんなら、さっさと言えよ。」
と促す。
アバ…女子との会話を邪魔されて、松岡くんはご機嫌斜めだ。
それでも元木くんは、
「あの…その…ええと…。」
としどろもどろだ。
その態度に、松岡くんのまわりにいたアバズレ(もういいや)が狂ったようにケタケタ笑う。
業を煮やした松岡くんが、
「さっきから何だよてめえ、おちょくってんのか!」
と怒鳴り散らしたその時、
「け、け、け、喧嘩上等!」
ああ、なんて絶妙なタイミングで言ってくれたんだ元木くん。
完璧だよ。
君の死は無駄にはしない。
当然、松岡くんは
「☆▼〇◇Ωξ♭√♂!!」
とわけのわからない言語で激昂し、元木くんの胸ぐらをつかんだ。
この過剰反応は間違いない!
あいつが噂のヤンキーだ!
恐怖でパニックになりつつ、元木くんは持ち前の気の弱さと腰の低さを全力で発揮し、
「すいません!すいません!本当にすいません!」
と平謝りに謝り、なんとか無事に僕の所まで帰還した。
元木くんの活躍により、松岡くんがヤンキーであることは明白となった。
次は、いかにして彼に近づくかだ。