中学生が夏休みにヒッチハイクで一人旅に出た話

中学生がヒッチハイクで一人旅に出た話です。

ヤンキー貴族

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半ツッパとしてヤンキーの仲間入りをしてから、松岡くんについていろいろなことがわかった。

僕らの中学校には、ヤンキー階級の中でも戦闘能力が最も高い5~6人の幹部だけが着用できる、「金ボタン」というものがあった。

ちょうど、ヤクザの世界で幹部組員が身につける「金バッジ」みたいなものだ。

松岡くんの兄貴は、この中学校にいた頃は、金ボタンをゲットするほどのヤンキーだったのだ。

そのうえ、卒業した今では、地元では有名な暴走族の幹部になっているらしい。

そんな人物を兄に持つ、いわば血統書つきのヤンキー貴族だったから、松岡くんは三年の先輩たちからも一目置かれていた。

それだけではない。

すでに、将来この中学校の幹部クラスになることが決定されていたのだ。

ヤンキー界に入るための手続きの一環として、松岡くんに連れられて、三年の先輩たちに挨拶に行った時のことだ。

校舎の裏の薄暗い場所で、数人の先輩たちとタバコをふかしながら、番格の先輩と松岡くんの間で、こんな会話が交わされていた。

「松岡、久しぶりだな。アキラさん(松岡くんの兄)は元気か?」

「はい、元気ッス。」

「そうか、アキラさんには俺も世話になってるからな。」

「兄貴も、先輩はたいした男だって言ってました。」

「俺なんてたいしたことはねえよ。そんなことより、お前には期待してるんだぜ。俺が卒業するときは、俺の長ランと金ボタンはお前に譲ってやるからな。」

「マジすか。あざっす。」 

この会話を聞いて、当然、僕の頭にはある疑問が浮かんだ。

「金ボタン」はヤンキーの中でも戦闘能力が最も高い5~6人の幹部にのみ、着用が許されていたはずだ。

つまり、ケンカなどで実績を上げた人間に獲得の権利があるのだ。

場合によっては、金ボタンをつけている幹部に挑戦し、ボコボコにすることで金ボタンを奪うことも認められている。

そうした、いわば「実力の証明」であるはずの金ボタンが、何の実績もない新入生に譲られることが、目の前で決定されてしまったのだ。

はじめは不可解な思いを抱いていたが、しばらくヤンキー社会を観察してみると、それがどういうことなのか、だんだんわかってきた。

どうやら、「荒れた」中学校としての長い歴史の中で、いつのまにか「実力の証明」としての金ボタンは形骸化してしまったらしい。

それは、こういうことだ。

昔、実力で金ボタンをゲットした有名なヤンキー達は、卒業後も暴走族に入るなりして、ヤンキー稼業を続ける。

そういうヤンキー達に弟がいた場合、そいつらが新入生として中学校に入学してくる。

すると、有名なヤンキーを兄に持つ血統書つきの新入生には、先輩方も手が出せない。

新入生をボコッたら、結局そいつの兄貴が出てくるからだ。

その結果、「生意気な新入生を先輩がシメる。」というエキサイティングな展開は少なくなる。

それどころか、先輩方も血統書つきのヤンキーを気にして、三年から一年まで、妙に仲がよくなり、変な馴れ合いの空気が出来る。

こういう空気の中で、血統書つきのヤンキー達は労せず世襲によって金ボタンを継承し、ヤンキー貴族層を形成して、3年間威張りちらすのだ。

こうしたことが長年繰り返されるうち、ケンカの実力よりも、「どんな有名なヤンキーが身内にいるか」、または、「どんなヤンキーと知り合いか」といったことが重要になってきた。

僕がこの中学に入学した頃には、そういう、どこかフワーッとした、なまぬるいヤンキー社会が出来上がっていたのだ。