中学生が夏休みにヒッチハイクで一人旅に出た話

中学生がヒッチハイクで一人旅に出た話です。

夕焼けメリケンサッカー

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「クソッタレ」

歩道橋の手すりに頬杖つきながら、つぶやいた。

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変顔して人をおちょくる奴らのように、歪んだ夕日がこっちを見ている。

 

「なんだこのボケ。こっち見てんじゃねえ」

 

本当は、うっぷん晴らしに怒鳴り散らしたかったところだが、ここは通学路の途中だ。

 

僕の後ろを、下校途中の中学生達が次々に通り過ぎていく。

 

ここで叫んだら、明日から余計に学校に行きづらくなる。

 

だから、手加減してつぶやきにしてやった。

 

言葉は精一杯パンクなモノをチョイスしたつもりだけど、青春ドラマのようにはいかない。

 

僕の人生は、いつもどこか、こんな風にダサくて、キマらない。

 

目をショボショボさせながら、夕日を睨み返していると、誰かが声をかけてきた。

 

「あの…、ショウくんさあ…」

 

振り返ると、眼鏡を掛けた、栄養が足りてなさそうに青白い少年が、僕の後ろに立っていた。

 

こいつの名前は沢辺智治。

 

小学校からの付き合いで、僕のただ一人の友達だ。

 

気が弱く、勉強ばかりしているので、沢辺のガリ勉、略して「沢勉」と呼ばれている。

 

「なんだ、沢ベンかよ。何い?」

 

つっけんどんに言い放つと、僕は夕日に向き直った。

 

「なんていうかさ…、ショウくん、大丈夫かね?」

 

「あ?別にどうもしてねえわ」

 

「だけんさ、クラスであんなこんになっちゃったでさ」

 

「うるせえな。お前には関係ねえわ」

 

「でも…なんか、ごめんよ。僕、怖くて何も出来んかっただよ」

 

「別にいいわ。お前にナントカできることじゃねえだもん」

 

「ほんと、ごめん」

 

「あーもういいからさ。行けや。俺と話してたら、お前までハブられるに」

 

「でも…」

 

「うっせえな。もう行けや!」

 

 沢勉は、僕に怒鳴られると、ためらいながらも歩道橋を駆け下りていった。

 

 

 

あいつはいい奴だけど、頼りにはならない。

 

今の僕の状況は、自分で何とかしないといけないんだ。

 

夕日を背にして手すりにもたれかかり、ポケットの中をまさぐる。

 

そして、通販で買ったばかりのメリケンサックを握り締めた。

 

今日から俺は変るんだ!

 

メリケンサックの状態を確認すると、深呼吸をして、奴らが来るのを待った。

 

しばらくすると、学校の方から、耳障りでイラッとするような笑い声が聞こえてきた。

 

同じクラスのヤンキーどもだ。

 

心臓の鼓動が早まってくる。

 

奴らは、数日前までは友達だった。でも、今は「敵」だ。

 

自分のプライドを守るために、そして、ダサい自分を葬り去るために、僕は、やらなきゃいけないんだ。

 

アホ丸出しの、性格悪そうな笑い声が、だんだん近づいてくる。

 

歩道いっぱいに広がって、恐ろしくレベルの低い、下品な会話を撒き散らしながら、我が物顔で歩いてくる。

 

周りの普通の生徒たちは、気配を殺して、歩道の隅っこを歩いているのに。

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ヤンキーどもめ、そういう行動が、どれだけ人のプライドを踏みにじっているのか、わかっていやしない。

 

「思い知らせてやらあ!」

 

もう一度、メリケンサックの感触を確かめた。

 

ヤンキーどもは、もう歩道橋の下まで来ている。

 

階段を、ゲラゲラ笑いながら、一段一段上ってくる。

 

心臓が爆発しそうだ。

 

走ってもいないのに、呼吸が乱れてきた。

 

あともう一段か二段で、奴らと目が合ってしまう。

 

そう思ったそのとき、僕はまた夕日の方を向いて、手すりに頬杖をついた体勢に戻った。

 

「あっ!」

 

咄嗟に、握っていたメリケンサックを落としてしまった。

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メリケンサックは、夕日に照らされてキラキラしながら、歩道橋の下を走る国道一号線に落ちていった。

 

そのまま、奴らと目が合わないように、まるでしばらく前から、そうしていたかのように装っていた。

 

 夕日と見つめ合うオカシナ僕に気づくと、ヤンキーどもは案の定、僕を挑発してきた。

 

「てか、田中がたそがれてるんだけど」

 

「マジ意味わかんねーし」

 

「うぜー。マジうぜー!」

 

「つか消えろや、マジで」

 

「もう学校来んな」

 

奴らの挑発に、僕のはらわたは、煮えくり返っていた。

 

だけど、体は硬直して動かない。

 

 

こうしていれば、挑発に乗って暴れたりしない大人な人物に見えるはずだ。

 

もしくは、夕日の美しさに感動し過ぎて、悪口など全く耳に入っていない純粋な少年に見えるだろう。

いや、見えてくれ、たのむ。

 

そんなふりをして、この屈辱を回避しようとした。

 

 

 

でも、そんなのは……全部うそだ。

 

悔しさとカッコ悪さで、顔面は梅干みたいになっていた。

 

夕日に顔を向けていれば、陽射しが単語帳の暗記フィルターのようになって、僕の情けない表情を覆い隠してくれるだろう。

 

だから、振り返ることすら出来ない。

 

 

「へっ、腰抜け!バカじゃネエの?」

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃー!」

 

奴らめ、心底人をバカにした笑い声を上げて、去っていきやがった。

 

 

くやしい

 

くやしい

 

くやしい…

 

でも、体は動かないし、口の中はからからで、とても言い返せやしない。

 

それから、ヤンキーどもの近所迷惑なバカ話が十分遠ざかったのを見計らって、

 

 

「うがああああああ○×☆▼!」

 

 

と、言葉にならない叫び声を上げながら、一気に歩道橋を駆け下りた。

 

なけなしの小遣いを貯めて買ったメリケンサックは、もうどこにもなかった。

 

歩道橋の下の国道は、この静岡の片田舎の町から、東は東京、西は大阪に向かって、真っ直ぐに伸びていた。

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「ダセエ!ダセエ!ダセエエエエエ!!オレはすっげえダセエ!!」

 

 

もう、周りの視線はどうでも良くなって、奇声を上げながら国道を走った。

 

コンバースのハイカットは、反骨精神の象徴だけど、アスファルトを走るには靴底が薄すぎる。

 

すぐに疲れ果てて、息を切らして立ち止まり、両膝に両手を置いて、息を整えた。

 

「はあ…はあ…はあ…」

 

ふと、顔を上げると、また、あの夕日が僕をおちょくっていた。

 

歪んだ夕日が、奴らの顔のように…。

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「なんだよ!てめえ!キラキラしてんなや!俺はな、お前みたいな自信満々に輝いてる奴が大嫌いなんだ!堂々と人を見下してんじゃねえよ!このクソボケエエエエエエ!」

 

全力で走って、全力で怒鳴ったからか、口の中は少し鉄の味がした。

 

不覚にも、また涙が溢れた。

 

それを夕日に照らされたくなくて、僕はまた、顔を伏せて路上に崩れ落ちた。

 

「どうせ…俺は…かっこ悪いよ」

 

くやしさと、情けなさと、足が痛いのを我慢しながら、学校の誰にも会わないような道を帰った。 

 

家に帰ると、台所の母親が、夕飯の支度をしながら、話しかけてきた。

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「あー、おかえりい。早かったじゃんか。おやつあるに」

 

答える代わりにカバンをソファに投げつけて、二階の自分の部屋に入った。

 

部屋に入ると、すぐにヘッドフォンをつけ、大音量でブルーハーツを聴きながら、ベッドに突っ伏した。

 

そうしていると、くやしさがさらに込み上げてきた。

 

いつもなら、壁を殴りつけるところだ。でも、部屋の壁はもう穴だらけで、殴る余地もないし、拳もいまや、傷だらけだ。

 

仰向けになり、

 

!!」

 

と、やり場のない怒りを天井に向かってわめき散らした。

 

しばらく大声を出していると、意外にも気分はすっきりして、だんだんとテンションが上がってきた。

 

反対に、頭はめずらしく冷静になっている。

 

 

ぼーっと天井を眺め、ただひたすらブルーハーツを聴き続けた。

 

 

いつしか僕は、自分のプライドを取り戻すための計画を、考え始めていた。