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中学生が夏休みにヒッチハイクで一人旅に出た話

中学生がヒッチハイクで一人旅に出た話です。

協調性のなさパワーアップ

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夏休みが近づくと、僕は再び旅の計画を立て始めた。

 前回の旅の経験もあるし、周りは、僕がまた旅に出ることを期待しているし、担任の先生は松浦先生だし、今回は前よりもずっと気軽に旅に出られそうな雰囲気だった。

 ただ、前回ほど深刻ではないけれど、今回も旅に出ることで逃げ出したいものが二つあった。

ひとつ目は、クラスのことだ。

前にも述べたことだが、三年生の頃のクラスは、男子のほとんどがサッカー部員という、おかしなクラス構成だった。

こうなったのは、担任の松浦先生がサッカー部顧問だったためだ。

先生は、ヒッチハイクで一人旅に出た僕を、「誰とでも打ち解けられる快活な子」と認識したようで、僕ならサッカー部だらけのクラスでも、うまくやっていけると思ったらしい。

ただ、これは大きな間違いだった。

僕は、本当は協調性がなくて、わがままな性格なのだ。

むしろ、わがままを美徳と考えていたし、そのわがままをいかに貫き通せるかということが、クリエイティブな能力の向上に関わってくると思っていたくらいだ。

今から思えば、単なるわがままだったのだが、こんなことがあった。

小学校五年生の時のことだ。

当時の担任の先生は男性で、「個性」「協力」という言葉を大事にしていた。

この先生は、「個性」を育むために、少し変わった授業スタイルを取っていた

国語の授業では、普通は登場人物の「気持ち」とか、「作者の言いたいこと」を考えて発表していくものだと思う。

そういうスタイルだと、生徒が発表する内容はそんなに変わらない。

授業が進めば、

「○○くんの意見に賛成です。」

「○○さんの意見と同じです。」

というように、同じような意見が多くなる。

国語の授業なんて大体こんなものだと思う。

しかし、この先生の授業は少し違った。

先生は、他の生徒と同じ意見を言うことを全然評価しなかった。

もし同じ意見なら、その意見が発表された直後に、

「同じです。」

と宣言しなければならない。

ここで同意し忘れると大変だった。

あとから先生に当てられたとき、

「さっき○○さんが言っていた意見に賛成です。」

などと言おうものなら、

「では、なぜあの時賛成と言わなかったのですか!」

と、追及されるからだ。

こんなとき、僕は、

「まだ考えがまとまっていないことだってあるじゃないか。個性を大事にするのなら、ひとりひとりの思考のペースも考えてくれよ。」

と思っていた。

こんな授業だったから、僕は無理やりにでも、他の生徒とは違う意見をひねくりだしていった。たとえば、ある物語の登場人物が、帽子を被っている描写が多いと、

「この主人公は帽子が好きだと思います。」

と言ってみたり、主人公の小学生が、平日の昼間に父親と話している描写があれば、

「このお父さんは、無職だと思います。」

と言ったりする。

まったくウケ狙いでも何でもなく、真剣にこんなことをやっていた。

こんなくだらないことでも、「人と違う意見」ということで評価された。

僕は内心、

「個性って、こんなふうに奇をてらうことなのだろうか?人と同じ意見だって、自分が考えてそこに達したなら、それが自分の個性じゃないのか。」

という疑問を抱いていた。

もうひとつ、この先生がお題目のように唱えていた言葉が「協力」だ。

授業の前にはいつも、黒板に大きく

 

「協力」

 

の文字を書いた。

そして、

「協力とは、言葉ではありません。みなさん、しっかり行動で示しましょう。」

というのが、お決まりのセリフだった。

ある時、自由時間にクラスのみんなで遊ぶゲームを、話し合いで決めることがあった。

クラスの活発な男子たちは、みんな

「キックベース!キックベース!」

と主張した。

僕はといえば、スポーツはあまり得意ではないし、そもそもキックベースのルール自体もよくわからなかったから、「読書」を主張した。

要するに、なるべく人と関わらずに穏やかに過ごしたかったのだ。

しかし、話し合いは圧倒的にキックベース優勢だった。

結局、僕の主張は通らず、多数決でキックベースに決定した。

数の暴力に負けて、無理やり押し切られた感はあった。

でも、一応みんなで話し合って決めたのだから、その決定には従おうと思っていた。

ところが、そのあとの「キックベース派」の奴らの態度が気に食わなかった。

彼らは、キックベースのルールなどを説明することもなく、勝手にゲームを開始したのだ。

これには、本当に腹が立った。頭にきた僕は、勝手にグラウンドで読書を始めた。

もともと協調性がないのに、へそをまげた僕に協力しろと言っても無理な話だ。

すると、すぐに担任の先生がやって来て、烈火のごとく怒った。

「何で、みんなできめたことに従わないんだ!協力が大事だっていつも言っているだろう!人は一人では生きていけないんだ。自分がやりたくないからって、そんな風に勝手なことばかりするのは、ただのわがままだ!」

だが、こっちにだって言い分はあった。

「みんなで民主的に決めたことなら、僕だって守りますよ。たしかに、多数決で彼らの意見が通りました。でも、少数意見に対する礼儀ってものがあるでしょう。勝った彼らには、キックベースをやりたくない僕に対して、キックベースの魅力を伝え、やりたくなるように説得する義務がある。そのうえで、キックベースのルールを説明し、それからゲームを開始するのが筋というものでしょう。しかし、彼らはそれらのことを一切せず、自分たちの意見が通ったことをいいことに、少数者の気持ちを無視して勝手にゲームを始めている。わがままなのはどっちですか?こんなのは、ただの数の暴力ではないですか?」

と、いうようなことが言いたかったのだろうが、当時小学五年生の僕には、そんなことが言えるはずもなかった。

結局、僕は一方的にこっぴどく怒られた。

自分勝手で、協調性のないわがままな子。

それが、小学校時代に僕につけられたレッテルだった。

こんな調子で育ってきたから、すでにサッカー部としてグループが出来ているクラスになじむなど、僕には至難の業だった。

彼らが、内輪ネタで爆笑していると、無性にイライラしたし、露骨にしらけた顔をした。

しかも、旅に出たことで自信をつけ、一人でいることも平気になったし、自分は自分というスタンスでいることに慣れ始めていたから、彼らに合わせることは一切なかった。

協調性のなさは、ヒッチハイク一人旅でパワーアップしていたのだ。

とはいっても、このクラスは居心地が悪かったわけではない。

むしろ、サッカー部の奴らに目をつぶれば、ヤンキーが少なかったから、居心地は良かったのだ。

ただ、クラス内で一定の評価を得て、自分勝手にボーッとしているためにも、もう一度旅に出て話題づくりをする必要があると思ったのだ。

旅に出ようと思ったもうひとつの理由は、部活動のことだ。

僕は、沢勉と一緒に陸上競技部に所属していた。

陸上競技が好きだったわけではない。

僕は中学に入りたての頃、格闘技に興味があった。

そのため、出来れば柔道部や空手部に入りたいと思っていた。

しかし、うちの中学校には格闘系の部活がなかったのだ。

だったら、帰宅部でもいいかと思ったのだが、うちの中学校には、

 

必ずどこかの部活動に所属しなければならない

 

というフザケタ決まりがあった。

それで、仕方なく、沢勉が入ると言っていた陸上競技部に入ったのだ。

陸上競技自体には、特に何の思い入れもなかったので、練習に身が入るわけもなかった。

当然、毎日練習をサボることばかり考えていた。

飛んだり跳ねたり走ったりは大の苦手だったので、一番楽そうな砲丸投げをチョイスした。

そして、普段は砲丸投げのサークルのそばで、ひたすらぼーっとし、顧問が見回りにくると、おもむろに砲丸を投げ始める生活を続けた。

顧問の先生は厳しい人だったので、そんなごまかしは通じず、僕は怒られてばかりいた。

「何でお前は、いつもサボってばかりいるんだ!一生懸命陸上に打ち込んでいる仲間がいるのに、お前がそんな風だと、彼らに悪影響があるだろう!一旦部活に入った以上は、わがままやってないで、しっかり活動しなさい!それが筋ってもんだろう!」

でも、僕にも言い分があった。

「ちょっと待ってくださいよ。そもそも、俺が入りたい部活を学校側が用意していないのに、どこかに必ず入れというほうがおかしいら。そのクソみたいなきまりのせいで、仕方なく入っただけなんだから、俺が練習をサボろうと、俺の勝手じゃないスか。練習に打ち込みたい奴は、勝手に打ち込んでりゃいいら。別に俺が邪魔してるわけじゃないだで。俺が真面目に練習しないことで、雰囲気が悪くなって練習に身が入らないなんて言ってるようじゃ、陸上なんて大して好きじゃないってことだら。本当に好きなら、どんなことがあっても、周りの環境がどうだろうと、ただ貫けばいいだけのものを、こっちのせいにされたんじゃたまらんら。だいたい陸上は個人競技じゃないか。そうはいっても、俺も、あんまり迷惑をかけちゃいかんと思って、集団競技は避けて陸上を選んだんスよ。それなのに、(あんまり陸上が好きじゃなくて、周りに不真面目な人がいると、すぐ気が散ってしまう僕達のやる気を削がないように、一生懸命に部活に打ち込め)とは、どういう言い分ですか!そんな風に、自分達の都合の良いように人の心のあり方にまで干渉するなんて、そっちの方がよっぽどわがままだら!」

 こういう内容を、つっかえつっかえしながら、たどたどしく主張していると、途中で顧問の先生から

「屁理屈抜かすな!」

という声とともにビンタを張られるのが常だった。

そういうわけで、クソッタレ陸上競技部の夏の大会や、クソ面倒くさいだけでメリットゼロのハナクソみたいな夏休みの練習をサボるためにも、旅に出なければならないと心に誓ったのだ。

僕の旅は、いつも協調性のなさを原因とする現実逃避から始まるのだ。