中学校でヤンキーに出会った(改)
どうしてこうなってしまったんだろう。
途中までは、うまくいっていたのに。
僕は、小学生の頃から、何の取り柄もない、ごく普通の少年だった。
いや、どっちかというと冴えないヤツだったと思う。
勉強はテストで0点を取ったことがあるし、駆けっこはいつもビリっけつだった。
得意なことといえば、町内のわんぱく相撲で、三位に入賞したことがある程度だ。
といっても、参加者十人程度のご近所の大会で、しかも三位どまりだ。
それに、運動会や体育の授業で、相撲を取る機会なんてないから、相撲の強さが評価される機会なんてない。
周囲からの評価は、「ただのデブ」だ。
↑ こんな感じの。
太っているから、女子にモテることもない。
笑いをとってクラスを湧かせることが出来るタイプでもない。
それどころか、空気を読むことが苦手で、ウケ狙いで言ったことが、場の空気を凍りつかせてしまうことも多かった。
協調性もなく、集団行動に不向きで、そのうえ、人に従うことが大嫌いだった。
残念なエピソードなら、山ほどある。
運動会でフォークダンスを踊る時は、女子に露骨に嫌がられた。仕方なく踊ってくれる女の子にだって、汚いものを触るように、指の先っぽだけで手を繫がれた。
席替えの班決めの時は、いつも僕ひとりが余って、僕が入る班は、罰ゲームみたいにじゃんけんで決められた。
「僕の存在意義って、何だ?」
遠足でバスに乗るときも、僕の隣はいつも空いているか、もしくは、先生が座ることになっていた。
「だから、僕の存在意義って、何なんだ?」
惨めな思いをする度に、そう思っていた。
こんな状態だったから、チーム一丸となって甲子園をめざすような青春ドラマには、唾を吐きかけて育った。
女子にモテないひがみもあって、流行のラブソングなんてまったく共感することは出来ず、コンビニなんかで流れているのを聞くたびに、惨めな思いにさせられるだけだった。
中学生になっても、そんな冴えない人生が続くに違いない。
ずっとそう思っていた。
そんな時だった。僕があいつらと出会ったのは。
中学校に入学して、数日が過ぎた頃のことだ。
授業中に、沢勉が話しかけてきた。
沢勉とは、小学校の時はあまり同じクラスになることはなかったけれど、中学校では、運よく同じクラスになれた。
こいつも冴えないヤツだけど、唯一の友達が同じクラスで、少しは心強かった。
冴えないながらも、それなりに楽しい中学校生活を送ることが出来れば、それで十分だ。
「なあなあ、ショウくん、部活決めた?」
「いや、まだ決めてない。沢勉は?」
「僕は、本当は文化部に入りたいだけん、お母さんが、運動部に入ったほうが良いって言うだよ」
「ふーん、マザコンは素直だら」
沢勉は、僕の皮肉を受け流して続けた。
「だから、知ってる先輩がいる陸上部にしようと思うだよ。練習もあんまりきつくないって話だし。ショウくんも、決まってないなら陸上部にしん?」
「沢勉がいるなら、そうしようかやあ」
そんな、他愛もない会話をしていると、授業中の廊下を、数人の男が大声でわめいている声が近づいてきた。
「え、な、なんだ?」
沢勉は度胸がないから、もう動揺している。
クラスの皆も、ただならぬ雰囲気を感じ取っているようで、ざわめき始めた。
そうこうしているうちに、教室のドアが勢いよく開き、体格の良い男たちが三人、クラスに入ってきた。
それは、三年生の先輩たちだった。僕らとは形状の違う学生服を身につけ、髪型は、周囲を威嚇するようなリーゼントや、「北斗の拳」に出てくるザコキャラのような、ヒャッホーなモヒカンもどきの人もいた。
「これが今年の一年たちかー」
と、にやにやしながらクラスの皆の顔を見回しはじめた。
沢勉は、既に青白い顔で、ドラクエのアストロンにかかったように、カチンコチンになっている。
授業中だから、当然先生が、
「コラア!お前ら!授業中だぞ!自分の教室にもどれ!」
と注意するが、
「うるせえよ、ハーゲ!」
などと言って、意に介さない。
確かにこの先生は禿げていた。
クラスの皆は、常日頃思っていても口に出せなかったことを言ってもらった痛快さからか、先輩達が恐ろしすぎて、ご機嫌を取ろうと思ったのか、はたまたその両方か、一斉に笑い出した。
僕は、先生が気の毒じゃないかと思ったが、気づいたら皆と同じように、
「アハハハー」
と、アホのように笑っていた。
沢勉も、青白い顔のまま、気持ち悪い表情で笑っている。
そんなクラスの空気に気をよくしたのか、先輩たちは、ポケットに手を突っ込んだまま、人をおちょくったような顔つきで先生の顔を覗き込み、
「ハゲ!
ハゲ!
おいハゲ!
ハーゲ!
ハゲちゃん!
ハゲてますかー!」
などと、先生の気の毒な身体的特徴を連呼した。
その後、先輩たちは先生を取り囲み、手拍子をしながら、
「ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪
ハーゲ♪」
と呪文のように唱え始めたので、すっかりクラスは爆笑の渦に巻き込まれてしまった。
いたたまれなくなった先生は、
「いいから、廊下に出なさい!」
と言って先輩の腕を取り、廊下に連れて行った。
「いてえな。触らんでや。ハゲがうつるじゃんか」
「かわいい後輩の顔見にきただけじゃんよ」
「あんま怒んなよ。ハゲが進むに」
悪びれる様子もなく、先輩たちは廊下へと出て行った。
クラス内では、ざわめきが収まらず、
「はー、チョーうけんだけど」
「先輩たち、マジおもしれー」
などと言い、特に女子なんかは、
「つかさー、あの短ランの先輩、かっこよくない?」
「ねー。それあたしも思ったー」
とキャピキャピし始める有様だ。
沢勉は、モンスターが退却したことで、ようやくアストロンが解けたのか、
「はー、ど怖かったらあ、ショウくん」
と話しかけてきた。
だが、僕はさっきまでの一連の出来事に衝撃を受け、しばらくボーッとしてしまった。
「ど、どうしただ?ショウくん」
沢勉が、僕の顔の前で二、三度手を振り、僕はやっと気がついた。
「沢勉、あの先輩たち、なんなんだ?なんだかすごい格好をしてたけん。」
「え、何って、ヤンキーだら」
「ヤンキー?」
恥ずかしながら、中学生になるまで、僕は「ヤンキー」なる名詞を聞いたことがなかった。
「ヤンキーって何よ?」
「えー!なんと、ヤンキーを知らんのか。ヤンキーとは、裏の山の洞穴の奥に住み、毎年、日照りの時期になると、村で一番の娘をいけにえに…」
「いや、そういうのいいから」
「げ、げふんげふん。
ヤンキーってのはさ、要するに不良のことだに。
ああいう風に、普通とは違う格好をして、
タバコを吸ったり、
先生に反抗したり、
暴走族に入ったりして、
善良な人々に迷惑をかけることを得意とする、
怖い人たちなんだわ」
「悪い人たちなんだ?」
「そりゃあ、悪いでしょ。
あんな風に、先生に失礼なこと言ってるだもん。
授業も妨害したし」
「だけんさ、
なんかすごくないか。
先生に反抗するなんて。
しかも、そんなに面白いこと言ってやせんのに、
先生の体の欠点を唱えただけで、クラスを湧かせたし。
さらに、女子からキャーキャー言われてるじゃん」
「え、ああ。でも、先生がかわいそうじゃんか」
「それは確かにそうだけんさ、考えてもみい。
普通、クラスで人気者になったり、
女子にモテようと思ったら、スポーツが出来たり、
面白いことが言えんといかんじゃん」
「あー、まあねえ。勉強が出来ても、僕みたいに冴えないヤツはモテんしね」
「だろ?」
「だろって…ちょっとは否定してや」
「まあ聞いてや。
にもかかわらずだ。
先輩たちは、奇抜な格好をして、
授業を妨害して、先生に反抗して、
皆がいつも思っている先生の欠点を大声でがなり立てただけで、
あれだけの人気を得たんだわ!」
「はあ。そういわれれば…まあそうかも」
「それってすごいじゃんか!」
「へ?」
「普通は、すごい努力をして人気者になるのに、
あんなの、なんの努力もいらんじゃんか!」
「いやー、あの人たちだって、いろいろ大変だらあ?ケンカしたりさー」
「あんな簡単な方法があったなんて!なんで今まで気がつかんかっただかやあ!」
「ショウくん、聞いてるだ?」
「沢勉!」
「へ、何?」
「今日、学校が終わったら、至急、ヤンキーについて調べるか!」
「へ?い、いや、僕は塾が…」
まったく、頭が悪いとしか言いようがない。
今から思えば、先輩たちは、単に若さのエネルギーを持っていく方向を、全力で間違えているだけの「痛い人達」だった。
ただ、間違えっぷりが豪快なので、反抗期に入りつつあった僕には、とても眩しく見えたのだ。
彼らは、授業中に授業を受けず、自分勝手に校内をお散歩し、先生に堂々と反抗していた。
そんな様子が、もともと、空気を読むことが苦手で、人に従うことが嫌いな僕には、ぴったりの生き方に見えてしまったのだ。
沢勉はまったく乗り気じゃなかったが、その日は無理やり、塾を休ませた。
そして放課後、頭が悪い上に、思い込んだら猪突猛進まっしぐらの僕と沢勉は、さっそく、ヤンキーなるものの研究を始めた。
学校の図書室に入り、辞書を開くと、そこにはこう書いてあった。
ヤンキー
(もとアメリカ合衆国北部諸州の住民、特に、ニュー・イングランドの住民をいう)
アメリカ人の俗称。
「沢勉、これはどう思う?」
「どう思うって、違うでしょ。どう考えても」
「そうだよな」
「確かに、先輩たちの中には金髪の人もいたけん、
彼らはどこからどう見ても東洋人だったよ」
沢勉の言うとおりだ。
どうやら、これは違う。
僕らは次に、ヤンキーの類義語を調べてみた。
不良
品行の悪いこと。また、そういう人。
ぐれる
わきみちへそれる。堕落する。非行化する。
愚連隊
(「ぐれる」から出た語で「愚連隊」は当て字)繁華街などを数人が一団となってうろつき、不正行為などをする不良仲間。
わる【悪】
わるい者。悪党。また、いたずらもの。
「なかなかいい線いってるんじゃないか?」
「無駄に古臭い言い方も混ざっているけんね」
それから、辞書を引いて調べたことをノートにまとめてみた。
すると、ヤンキーというのは、
アメリカのニュー・イングランドに住んでいて、
みんなで繁華街のわきみちへそれていく
品行の悪いいたずらもの。
ということになった。
これは、なんだか奇妙だ。
沢勉も、プルプルしながら笑いをこらえている。
「沢勉、先輩たちは、こんな愉快でユニークな感じじゃなかったぞ」
「そりゃそうだわ。みんなで繁華街のわきみちへそれるって、どんな風習だよ!」
「どうやら、辞書を引いただけじゃわかりそうにないな」
そこで、今度は当時流行していたヤンキー漫画を熟読することにした。
沢勉が先輩や友達から借りたものを読んだり、近所の古本屋で立ち読みしたり、何冊かは自分で買ったりして、たくさんの参考文献を読破した。
そのとき目を通した資料は、おおむね次のとおりだ。
『特攻の拓』
『カメレオン』
『人間凶器 カツオ!』
『湘南純愛組!』
『クローズ』
『ろくでなしBLUES』
『今日から俺は!』
これらの漫画で描かれるヤンキー達は、ときどき卑怯なこともした。
しかし、友情の為には我が身をかえりみず敵に立ち向かい、弱きを助け、強きを挫く、男のなかの男達だった。
そのうえ、なにものにも縛られず、自由で、自分の意思を貫き通す強さを持っている。
協調性がなく、人に従うことが嫌いな僕には、本当にぴったりの生きかたに思えた。
頭が悪いうえに思い込みの激しい僕は、すっかりヤンキーなる種族に憧れ、
「男の中の男になるために、ヤンキーになるしかない!」
と、決意した。
もちろん、それらも所詮は漫画の中の話だ。
しかも、ストーリー中にもかなり非道なヤンキーが出て来たし、残酷でエグいシーンもあった。
だが、それらはほとんど悪役のすることだったため、僕のカラッポな頭の中では、あくまで「例外」としてインプットされたのであった。